こんにちは。マガジンハウス 書籍漫画編集局 漫画編集部の部長で「SHURO」編集長の関谷です。
この3月にこの半年ほど準備をして環境を整えてきた企画、仮に「異世界のSHURO」シリーズと呼んでみようかな、いわゆる「異世界もの」もしくは「なろう系」、もっと一般的な言葉にするなら「ファンタジー作品」の連載3作品がはじまりました。
ここまで様々な試行錯誤と思考のマラソンが続いていて、まだまだゴールは見えないんだけどちょっと給水ポイントみたいなタイミングかなと思ったので記録しておきます。どんな考えで仕事しているのかが読者の皆さんにもなるべく伝わるようつとめるので、良かったら読んでみてください。
最初に「SHURO」がマガジンハウスで立ち上がるまでをざっくり書きます。
僕はリイド社という会社で「トーチweb」という漫画サイトと漫画編集部の編集長として創刊準備から9年ほど務めて、2021年の10月から「anan」「POPEYE」「BRUTUS」などの雑誌を出版するマガジンハウスで漫画事業を新たに立ち上げるべく、まずは一人きりで漫画準備室に入りました。ほどなく漫画家・川勝徳重くんが外部編集者として協力をしてくれることになり(2021年11月〜2023年10月までの契約)、社員漫画編集者の採用を進めて社員漫画編集者4名の体制になった2023年4月に漫画編集部となります。
「POPEYE web」のArt Director/EngineerのセントくんことYota Shiraishiと一緒に「SHURO」を作って2023年の6月30日にオープンしました。
「SHURO」は日本の出版社・マガジンハウスがweb上に開発したマンガのリゾート・サイトで、「楽しくて、刺激的で、役に立つ」漫画を体験できる居心地が良くて繰り返し行きたい場所=リゾートをweb上に作ってみようというプロジェクトです。(サイトのフッターに記した「Made in Jipangu」というコンセプトで作ったんですが、そのことはまた別の機会に。)
で、オープンしてから「異世界のSHURO」シリーズ開始までの展開はあらかじめ想定していて〜ってことを書きたいんですが、もうちょっと自分の話をさせてください。
僕は80年代末から漫画を読み続けていて、少年マンガを娯楽として楽しみ、90年代のヤンマガ・ヤンサン・モーニング・スピリッツ、00年代には貸本からガロ・COM・アクションのような過去のマンガから刺激をうけ、作品によっては自己が啓発され、キャラクターの振る舞いを教師としながら、辛い時期もマンガを楽しみ救われつつ育ってきました。
このような経験を読者それぞれが違ったものを読みながらも体験してきたのではないか、例えばこれまで僕は「異世界もの」と言われるような作品をあまり読んでこなかったけど、僕のマンガ体験と同じように「異世界もの」も読まれているんじゃないかって、ふと思ったんですね。その瞬間にマンガをジャンルで区別して考えていたことを恥ずかしくなると同時に、区別して当たり前じゃんという矛盾した思いを抱えました。
編集長という立場からジャンルや読者を限定することは選択できるし、分断され続けて残った自分たちのコミュニティをまずは大切にしようということもやってきたけど、コミュニティとか関係なくたまたま隣りにいる人と普通に交流したいという気分がここしばらく続いています。我が家の隣のアパートに住んでる「ジョーくん」と呼ばれる中年の男性と小学校1年の息子は仲良しなんですが、ジョーくんとお土産を渡し合ったり、一緒に食事したり運動したりしてることや、息子の学校に集まる多種多様な父母と互いの趣味嗜好関係なく探り探りはじまる交流が気に入っていて楽しいんです。各々違いがあるけど、意図せずたまたま一緒にいて心地良い社会が普通にあっていいじゃんっていう僕の令和の気分。そんなことを考えて、昭和生まれの僕が知ってる平成初期の地方公立小学校のクラスみたいなたまたま色んなキャラクターが集まっちゃってるムードなんだけど、OSだけ令和バージョンにアップデートして上手く起動するか慎重にテスト・プレイしてる感じの手つきで、マガジンハウスのマンガ事業と「SHURO」の運営をやってみようと思ったんですね(もちろんそれなりの時間をかけて事業として継続していけるモデルを考えて形にしていったものでもあります)。
だから「SHURO」は評価の定まらないオルタナティブな作品も、過去の名作も、実用書的なコミックも、「異世界のSHURO」シリーズも全て同じ「マンガ」という教室に集まったものとして、「楽しくて、刺激的で、役に立つ」マンガとして慎重に掲載しています。ときには交換留学生みたいな感じで児童向け絵本も作ってみたり笑
マガジンハウスの漫画編集部は「意図して」趣味嗜好が「全く違う」メンバーが集まりました。絵本を企画する編集者もいるし、「異世界もの」に救われた経験のある編集者もいます。それでいいし、それがいいじゃん。僕たちみんな違うけどそのままその特徴を活かして仕事してみよう。ガタロー☆マンさんの絵本『おだんごとん』は重版がかかったし、電子書籍コミックの販売販路が限られていた自社の状況を「異世界もの」新連載3本立ち上げをきっかけに大幅に拡大できて、これまで出版してきたコミックスを販売する選択肢が増えたし。実用書的なコミックスも作って『そうです、私が美容バカです。』が4刷まで重版かかってるし。中途採用で5人目6人目の編集部員が入ってくる見通しだし。これから電子書籍向けの「女性コミック」を増やしていこうと思ってるし。マンガのランキング誌やマンガ賞に選ばれるような作品も出てくるだろうし。
とは言えこの公立小学校的空間のマンガwebサイトって言われても私たちもう大人だし、そんなお花畑みたいなこと…頭大丈夫?みたいな拒否感だったり居心地の悪さや気持ち悪さを覚える人もいるでしょう。せめて大学の学部とかサークルが一緒くらい共通性ないと安心して話しできないでしょ…とか、偏差値とか学歴とか育ちみたいなわかりやすい定規がほしいとか…さあ、どうでしょうか。でもこの形ではじめたいと思って立ち上げたのがマガジンハウスの漫画編集部であり、「SHURO」なんですね。
「SHURO」はこのままいくのか、変容していくのか、よかったらこれからも試行錯誤の様子を見てみてください。
「SHURO」は僕たち編集部がいいと思うもの、面白いと思うことを引き続き発信していきます。
花粉症に悩まされて沈丁花を匂うために鼻をかむ、そんな2024年3月。